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世界最高のアクションスポーツ用義足を生み出した、アメリカの“モンスター・マイク”

岸 由利子 | Yuriko Kishi

パラリンピック初出場にして、ピョンチャンパラリンピックの男子スノーボードクロスで金メダル、バンクドスラロームで銀メダルを獲得した米国のパラスノーボード選手、マイク・シュルツ。その時に彼が装着していたのは、なんと、自らが開発を手掛けたスポーツ用義足で、同大会のスノーボード競技では、6ヶ国20人以上の選手が、シュルツ選手による義足を採用した。アスリートと義足開発者のふたつの顔を持ち、レース界では、通称“モンスター・マイク”で親しまれるシュルツ選手と、彼が創設したアクションスポーツのための義足開発メーカー「BioDapt(バイオダプト)」の魅力に迫る。

世界トップクラスのスノークロスレーサーが
自ら「人工膝」を開発した理由

2008年、スノークロス競技で世界トップ5に入り、米国ミネソタ州セントクラウドに拠点を置くスノークロス競技のプレミアチーム、ワルナート・レーシングと選手契約を交わすなど、スノークロスレーサーとして絶頂期を迎えていたマイク・シュルツ選手。そんな最中、ミシガン州アイロンウッドで行われた世界大会第2ラウンドのレース中の事故により、左足の大腿切断を余儀なくされた。

「選手生命は、完全に絶たれてしまった」――そう思っていた矢先、世界最大のエクストリームスポーツの祭典「Xゲームズ」のスーパークロスに、障がい者部門があることを知る。だが、シュルツ選手によると、当時、コイルオーバーのサスペンションを備えたスポーツ用義足は、ダウンヒルスキー用に設計されたものしか存在せず、スーパークロスで使用するには、可動域が極めて狭く、コイルのばねが硬すぎるなど、改良するべき点がいくつもあった。

そこで、オートバイなどの修理を得意としていた彼は、自らのエンジニア技術を駆使し、特許権を有するリンク機構システムと、FOX社のマウンテンバイク用サスペンションを組み込んだオリジナルの「人工膝」を設計した。

アクションスポーツに特化した
義足開発を手がけるバイオダプト社を設立

引用元:Sports Illustrated
https://www.si.com/

2009年、独自の人工膝を採用した義足で、Xゲームズ夏季大会に出場し、スーパークロスでみごと銀メダルを獲得したシュルツ選手。自ら作り上げた義足と共に、再びアスリートとしての実力を発揮した経験が、「障がい者スポーツ用の義足をもっと進化させる必要がある」と彼を奮起させ、2010年、アクションスポーツのための人工装具や義足開発に特化したバイオダプト社(BioDapt,Inc.)を設立するに至った。

  

Moto Knee(モト・ニー)(左)と、Versa Foot(ヴァーサ・フット)。

当初、シュルツ選手が開発した人工膝には、改良が重ねられ、現在は、大腿義足者のために開発された義足「Moto Knee(モト・ニー)」として、製品販売を展開している。Moto Knee(モト・ニー)の最たる特徴は、可動域の広さと優れた衝撃の吸収力。最大130度まで屈曲可能な仕様でありながら、屈曲抵抗も備えているほか、好みの空気圧に合わせて、圧縮と反発を容易に調整できるFOX製サスペンションが搭載されている。

足部の「Versa Foot(ヴァーサ・フット)」は、サスペンションの位置を変えることで、さまざまな角度調節ができる。大腿義足の人は、足部のMoto Knee(モト・ニー)と組み合わせることで、下腿義足の人は、Versa Foot(ヴァーサ・フット)のみで、従来の義足では考えられない設定が、カスタマイズできてしまうのだ。

引用元:Biodapt https://www.biodaptinc.com/

Versa Foot(ヴァーサ・フット)においては、かのトーマス・エジソンやチャールズ・ダーウィンが寄稿したことでも知られる、米国の科学と技術の専門誌「ポピュラーサイエンス」の「2013年の発明・トップ10」に選出されている。どれほど画期的なイノベーションであることかが伺えるだろう。

そして、今や、シュルツ選手が開発する義足は、スノーモービル、ウェイクボード、ジェットスキーなどから、モトクロス、ダートバイクや乗馬まで、海、陸を問わず、さまざまなアクションスポーツの世界で、義足の人々がパフォーマンスを発揮することを可能にしている。

自分の作った義足で、
世界の頂点に立ったモンスター

義足の企画から製作まで、試行錯誤を重ねながらも、そのすべてを自身で行う中、2010年のXゲームズでは、夏季・冬季の両大会で金メダル獲得を果たした初の選手に輝き、2014年までにスノークロスなどの競技で、計6個の金メダルを獲得したシュルツ選手。「義足を開発して欲しい」という要望があれば、喜んで製作を引き受けてきた。

スノーボードとの出会いは、Xゲームズで知り合ったある選手からの質問がきっかけだった。

「君は義足を作っているそうだけど、その義足って、スノーボードにも使えるのかな?」

それを確かめるためには、スノーボードを自分でやってみる必要があった。バイオダプト社の義足を発展させるための研究のひとつとして、飛び込んだスノーボードの世界。だが、同時にそれは、“モンスター・マイク”の新たな境地を拓く、スノーボード選手としてのキャリアのスタートでもあった。

起伏の激しいコースを高速で滑っても、バランスを崩すことなく、衝撃吸収性など、優れた機能性を発揮する――シュルツ選手が自らのスノーボード経験をもとに開発したスノーボード用義足の素晴らしさは、彼の実績が物語っている。前述した通り、ピョンチャンパラリンピック初出場にして、男子スノーボードクロスで金メダル、バンクドスラロームで銀メダルを獲得という大快挙を成し遂げた。同大会では、女子スノーボードクロスとバンクドスラロームで金メダルを獲得したブレナ・ハッカビー選手をはじめ、世界トップクラスのスノーボード選手20人が、彼の開発した義足で勝負に挑んだ。

「もし、何かを成し遂げたいと強く望むなら、そのための道は見つかるものです」

その道が見つかった今、アスリートと義足開発者のふたつの顔を持つ“モンスター・マイク”の新たな大躍進が始まろうとしている。

BioDapt
https://www.biodaptinc.com/

Monster Mike Schultz
https://www.monstermikeschultz.com/index.htm

[TOP動画引用元:https://youtu.be/UjWx5LlUvnE©BioDapt]

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

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プロダクト PRODUCT

A’ DESIGN AWARD&COMPETITION 世界が認めたプロダクトはこれだ!

毎年イタリアで開催される世界最高峰の国際デザインコンペティション「A’ Design Award & Competition 2020-2021」の結果が発表された。株式会社RDSは『Gait Analysis Robot Medical Health Measurement System」がメディカルデバイス・医療機器デザイン部門でゴールドを受賞したほか、エントリーした全てのプロダクトが入賞を果たした。世界に認められたデザインプロダクトはどのようなものがあったのか。世界各国から寄せられた気になるプロダクトをピックアップしてみよう。

A’ Vehicle, Mobility and Transportation Design Award
fuROが最高賞のプラチナ受賞

まずは、HERO Xでも度々登場する山中俊治氏と未来ロボティクス技術センター(fuRO)が開発した移動ロボット『CanguRo(カングーロ)』。こちらはチョイノリ移動のモビリティにもなるロボットで、普段は主人に寄り添うパートナーロボとして、人間をサポートする。例えば、買い物時には荷物を載せて人間の後ろを自動でついてきてくれる。この自立した走行を可能にしたのが、人間の目にあたるSLAM技術。fuROには独自に開発したSLAM技術、scanSLAMがある。これはレーザーやカメラなどのセンサの情報を解析し、自己の位置を推定しつつ周囲の地図を構築するというもので、この技術により、寄り添う走行も可能になった。これに加えて指定の場所まで完全に自動できてくれるという離れ業もできるという。

主人が移動したいときにはこれまた自動でライドモードの形状に変形、パーソナルモビリティとしての役割も果たしてくれる。古来から人間の良きパートナーとして移動の担い手となってきた馬をイメージしてつくられたというボディのデザイン。今回のコンペティションでは未来のパートナーロボを具現化した点に評価が集まったようだ。

そして現在、なんと海外のショッピングサイトでは、CanguRoが売り出されているかのようなニセ情報が出回るほどの人気ぶりになっている。この状況にfuROは同プロダクトの一般向けの販売を一切していないとホームページ上で説明している。私たちの日常にCanguRoがやってくる日を待ち望んでやまない。

A’ Medical Devices and Medical Equipment Design Award
消毒と絆創膏が一体化

RDSがゴールドを受賞したメディカルデバイス・医療機器デザイン部門からは同じくゴールドを受賞した消毒と絆創膏が一つのパッケージに収まった『Sterilized Band-aids』を紹介しよう。

擦り傷や切り傷といったちょっとしたケガの時に役立つ絆創膏。しかし、絆創膏自体に傷を早く治す機能はなく、大抵の場合、消毒してから絆創膏を貼るというのが我々の知っている使い方。つまり、消毒と絆創膏の二つを用意して利用する必要があるのだが、これが手間と言えば手間。消毒のタスクを飛ばし、傷口を洗浄後、そのまま絆創膏を貼る人が多くいる。そこに目を付けたのがこの殺菌バンドエイドの開発者Yong Zhang 氏と Shuchang Cui 氏。一つのパッケージで両方をカバーできるプロダクトを実現した。使い方はいたってシンプル。OPENの表示部分からパッケージを開くと、消毒が出てくる。塗り終わって全てのパッケージを開くと絆創膏が取り出せるというもの。いつ発生するか分からないのがケガ。携帯性も備えたこのプロダクトなら、一般化も進みそうだ。ちなみに、このプロダクト、ドイツで行われた「IF Design Talent Award(2020)」でも入賞を果たしている。このプロダクトの受賞はごくごく些細な日常にほど、開発の予知が潜んでいるというよき例でもあるだろう。

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