テクノロジー TECHNOLOGY

「半分、青い。」に登場した、ピアノを弾くロボットハンドの生みの親とは?【the innovator】後編

飛田 恵美子

新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業において、ダブル技研と共に高性能ロボットハンドの開発を行う東京都立産業技術高等専門学校医療福祉工学コースの深谷直樹准教授。前編では、開発した3種類のロボットハンド「F-hand」「New D-hand」「オリガミハンド」の特徴を紹介した。後編では、深谷氏の経歴や、義手としてのロボットハンドの可能性について伺った。

答えのないものに取り組む

深谷氏は東京生まれ。父親が技術屋だったため、子どもの頃から工場で遊んでいたという。ものづくりが好きで、東京都立航空工業高等専門学校(現東京都立産業技術高等専門学校)に入学。3年生のときに「アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト(高専ロボコン)」で全国ベスト8を勝ち取ったことがきっかけとなり、ロボット開発の道へ進んだ。東京農工大学機械システム工学科で学び、同期が立ち上げたベンチャー企業を手伝った後、母校に戻り教鞭を執ることになった。

「高専や大学でいい先生に恵まれたおかげでいまがあるので、その恩返しというか、次の世代への橋渡しがしたかったんです」

授業で大事にしているのは、答えのないものに取り組む姿勢を育むこと。最近の学生は子どもの頃にものづくりをした経験が少ないので、できるだけ多様なものをつくる課題を出しているという。

「たとえば、“3階から卵を落としても割れない構造を、10センチの箱でつくってきなさい”といった課題を出すと、生徒たちは“自分が一番いいものをつくる”と目を輝かせて取り組みます。箱の中に気泡緩衝剤を入れたり、ポップコーンを使ってみたり。そういった試行錯誤が意外なところで将来の研究に役立ったりするんです」

深谷氏の研究にも学生たちが携わっていて、前編で紹介したピアノを弾くロボットハンドの調整は学生と共に行ったという。撮影現場の雰囲気に刺激を受け、より良いものにしようと更に研究を進めているそうだ。

義手を必要としている人々を
落胆させてはいけない

深谷研究室で行っているのは、ものづくりを中心とした医療福祉・ロボット関連の研究だ。「人助けがしたい、福祉にまつわる研究がしたい」という学生が多かったことから、研究室の専門テーマに据えた。

「私自身も東京農工大学時代に福祉分野の研究に取り組みましたが、やればやるほど難しいと感じました。たとえば、足に障がいのある方が“階段で苦労しているんですよ”と言うのを聞いて、階段を軽々と登れる靴を開発したとします。しかし、その機構が入った分靴は重くなり、普通の道を歩いているだけで疲れてしまう。そういったミスマッチが多い世界なので、福祉器具を必要としている方から厳しい意見をいただくこともありました。

最近は義手を開発している若手研究者も多く注目が集まっています。それ自体はいいことですが、きちんと“いまはここまでしかできない”と伝えることが必要だと思っています。そうでなければ、義手を必要としている方々は“来年にも暮らしが楽になるんじゃないか”と期待してしまう。それで蓋を開けてみたらまだまだ実用化にはほど遠いとなったら、どんなに落胆することか。学生たちにも、“誇大広告はしないように、便利な義手を待ち望んでいる人をがっかりさせることがないように”と伝えています」

F-hand汎用型の把持実験(研究室OB設計)

冒頭に載せた動画や上の動画には、目覚ましを止め、スプーンで食事し、歯磨きや身支度を行い、ドアノブを開け、自転車に乗り、文字を書き、運動し、料理をして……と、F-handでさまざまな日常動作を行う様子が映し出されている。シリコンをかぶせ、見た目をより人の手に近づけることもできるという。となるとやはり、「義手として使えるのでは?」と思ってしまうが、深谷氏の姿勢は慎重だ。

「人の手に近づいてできることが増えると、その分危ないんです。使用する人は本当の手のように何でもできると過信してしまいがちです。自転車には乗れるけれど、誰かとぶつかって転んだとき、片手では体重を支えられない。包丁を使って簡単な料理はできますが、ちゃんと掴まないと落としてしまう可能性がある。そうすると命に関わりますから。義手はロボットハンドの究極の形なので、ハードルはかなり高いと考えています」

F-handはまだ開発段階で、産業利用を始めるまでもう2年ほどかかる見込みだという。まずは共同研究を行う企業に試用してもらって問題点を洗い出し、一つひとつ改良していく。そうして完成度が上がった先に、ようやく義手として使える可能性も見えてくるかもしれない。

前編はこちら

深谷 直樹
東京都立産業技術高等専門学校荒川キャンパスものづくり工学科医療福祉工学コース准教授。工学博士。ものづくりを中心とした医療福祉・ロボット関連の研究を行う。

(text: 飛田 恵美子)

(photo: 壬生マリコ)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

RECOMMEND あなたへのおすすめ

テクノロジー TECHNOLOGY

CEATEC 2021 ONLINEからSociety 5.0の未来社会が見えてくる?

長谷川茂雄

ITやエレクトロニクス関連技術を中心にした国際展示会CEATEC(Combined Exhibition of Advanced TEChnologies)。毎年10月、幕張メッセで開催されてきたアジア最大級を誇るこの総合展は、昨年(2020年)、コロナ禍の影響でオンライン開催を余儀なくされたにもかかわらず、延べ来場者数は15万人強を記録した。その盛況ぶりからは、国内外からの注目度の高さが窺えるが、果たしてその理由はどこにあるのか? エグゼクティブプロデューサー・鹿野 清氏のお話を交えながら、次なるフェーズを迎えつつあるCEATECの新たな魅力と、そこから見え隠れする未来図を考える。

時代とともに形を変え
進化してきた展示会

前身となるエレクトロニクスショー(1964〜1999年)とCOM JAPAN(1997〜1999年)が統合して、CEATEC JAPANが始動したのは2000年。それから20年以上が経過した現在、同イベントの掲げるビジョンは、かつてのそれとは様変わりしている。鹿野氏は、そのターニングポイントは、2016年にあるという。

「CEATECは、日本の産業の移り変わりとともに成長してきた展示会ですが、2016年にそれまでのテーマとなっていたデジタル“家電” から、CPS(Cyber-Physical System)とIoT(Internet of Thing)に大きく舵を切りました。そこから特に意識をしているのが、来場者と出展者、そして出展者同士が“共創”できる場を提供するということです。少しずつですが、新たなイベントとして成長してきた自負があります」

2019年までは、毎年10月に幕張メッセにてリアル開催されていた。

昨年は、コロナ禍というこれまでにない事態に直面し、完全オンラインで開催。にもかかわらず、来場者数は15万人(延べ)、出展社数も350社を超え、これからの未来を担う学生から大手企業の役員、政府関係者まで、様々な方々の訪問があった。それはCEATECが、ユニークなアイデアや技術に出会える貴重な機会として、着実に浸透してきた表れでもある。興味深いのは、新規の出展企業が増えている点だ。

新規企業、スタートアップの
参加が目に見えて増加

「近年は、電子部品やIT関連企業の出展に限らず、建設機械メーカーやメガバンク、ゼネコンといった異分野の出展企業が増えています。しかも全体の3〜4割は、新規出展という状況です。加えて、国内外のスタートアップ企業の参画も増加傾向にあります。まだ創業して間もない企業が、大手企業に自らの技術やアイデアを訴える場として、CEATECが利用されてきている。それも年を追うごとに顕著になっています」

国内外のスタートアップ企業の参加は、まさにあらゆる“共創”が生まれる起爆剤となりうる。それが増加しているのは、CEATECにとって好ましい傾向であるが、背景には、JETRO(日本貿易振興機構)との連携がある。特に海外スタートアップの積極的な誘致活動が功を奏している。

CEATECエグゼクティブプロデューサー・鹿野 清氏

「昨年の実績で言いますと、スタートアップ企業の参加は、約170社。そのうちの海外企業は半分弱です。これまでも多かった中国、台湾、香港といった近隣アジアの出展企業に加えて、近年では欧米企業の出展も増えています。JETROとの連携で、グローバルな視点での誘致活動も確実に実を結んできました」

欧米のスタートアップ企業が、アジア進出も見据えた市場開拓、そしてアイデア交換の場としてCEATECをチョイスし始めている。その根底には、日本企業の意識の変化もあるようだ。いわゆる“オープンイノベーション”を推し進めようという動きが、ようやく日本企業にも広がってきているのだ。

日本にも浸透してきた
“オープンイノベーション”

「諸外国では、オープンイノベーションは常識化していますが、日本のITエレクトロニクス産業や家電メーカーでは、技術の“囲い込み”などの文化が根強く、それが世界から遅れを取る一因にもなっていました。ようやく近年になって、日本企業も外から柔軟に多くのものを取り入れようとする機運が高まり、積極的な企業も増えています。外に門戸を開く企業が多くなれば、必然的に提案をするスタートアップも増える。徐々にそういった流れができています」

昨年(2020年)のCEATECオンラインサイト

日本は、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く新たな社会を、“サイバー空間とフィジカル空間を融合させることで、社会課題を解決して経済発展を遂げる社会”として「Society 5.0」を掲げている。CEATECも、そんな来るべき新たな社会「Society 5.0」を見据えた展示会としての役割を掲げ、柔軟に変化を遂げているのだ。

「日本国内を見ても、大手企業のビジネス構造は、ここ5年余りで大きく変わってきたと感じています。簡単に言えば、課題解決型、すなわちソリューションを含めた製品提供が当たり前になりつつあります。CEATECも単なる製品展示というよりも、近年は、よりソリューションに重きを置いた展示スタイルへと変貌しています。オンライン開催でもインパクトのあるソリューション提案をするには何が必要か? インフラ整備も含め、いまはそこが大きな課題です」

世界中のスタートアップから
ソリューションを募集

さらにCEATEC 2021では、「Japan Challenge for Society 5.0」と称したコンテストも行われる。これは、JETROが主催し、日本の3つの社会課題(チャレンジ)を提示して、そのソリューションを世界中のスタートアップから募集するという画期的な取り組みだ。社会課題解決型ビジネスは世界的な潮流になっているが、それを日本が掲げるSociety 5.0とスマートに結びつけるべく、立ち上げられたプロジェクトだ。

「3つの社会課題は、CEATECの主催団体である、JEITA(電子情報技術産業協会)の会員企業やJETROのお客様約1000名にアンケートを実施して、特にニーズの高かったものを選んでいます。6月から7月末にかけて、スタートアップによるソリューション募集を行いました。今後、応募されたソリューションを選定して、最終的には45社ほどCEATEC 2021にご招待する予定です」

この取り組みは、まさにオープンイノベーションを体現するとともに、CEATECの活性化にも直結するとてもユニークなものだ。ちなみに、気になる3つの社会課題とは、1. 環境配慮型社会への転換、2. 労働力減少への対応・生産性向上、3. 都市・地域のバランスの取れた成長、というもの。どれも根が深い課題だが、このコンテストを通して、解決策の手がかりが見つかればという期待が膨らむ。

「Japan Challenge for Society 5.0」で募集された3つのテーマ概要。

「『Japan Challenge for Society 5.0』の募集を締め切ったところ、50を超える国・地域のスタートアップ数百社からソリューション提案がありました。このコンテストは、斬新なアイデアや技術に出会えるだけでなく、今まで交流のなかった国や地域の企業を積極的にお呼びする契機になると考えています。ここを出発点に、日本の企業や自治体との商談に結びつけられれば本望です」

オープンイノベーションの推進や、それに伴った産業構造の変化、SDGsに向けた取り組み、新型コロナウイルスの蔓延などと、ビジネススタイルや人々の価値観が大きくシフトチェンジしてきたここ数年。

それに伴い、アジア最大級を誇る総合展CEATECもその在り方を進化させてきた。よりスタートアップ企業との新しい結びつきが期待できる今年のCEATEC 2021 ONLINE(10/19〜22)では、これまでにない更なる“共創”が生まれるに違いない。

関連記事を読む

(text: 長谷川茂雄)

  • Facebookでシェアする
  • LINEで送る

PICK UP 注目記事

CATEGORY カテゴリー