対談 CONVERSATION

DIYスピリッツがもたらした二足歩行アシスト装具C-FREXの可能性【the innovator】前編

長谷川茂雄

脊髄損傷をした人のための二足歩行アシスト装具C-FREX(シーフレックス)は、近年世界で注目を集めている。それは、製造・設計を担当する株式会社UCHIDAが、複合材料業界の権威ある見本市JECにて、INNOVATION AWARDを受賞したことも要因ではあるが、それだけではない。このカーボンで仕上げた軽くて丈夫な装具とモビリティが、世界の次なるスタンダートとなる可能性を多くの人が感じ取っているのだ。開発の中心人物、国立障害者リハビリテーション研究所の河島則天氏と株式会社UCHIDAの代表、内田敏一氏に編集長・杉原が現状を伺った。

C−FREX開発初期段階のCG画像。これまでの装具の最大の問題点であった脆弱性は、カーボン仕様にすることで飛躍的に改善された。機能美を追求したデザインも革新的だ

従来の装具をカーボンで作り変えるだけでも進歩になる

杉原行里(以下、杉原):まず率直にお聞きしたいのが、C-FREXを作るに至った経緯なのですが?

河島則天(以下、河島):長年医療現場では、脊髄損傷した方が付ける装具は、金物とプラスチックを使ったものが主流でした。“装具とはこういうものだ”というイメージが固着している部分も強くて、いかにもリハビリの現場で使うような見た目のものしかなかったんですよ。そういう状況もあって、格好良くて性能のよいものを作りたいと端的に思ったんです。それが始まりですね。

杉原:それで内田さんにお話をしたということですか?

河島:そうですね。見た目はもちろんですが、カーボンは鉄よりも軽くて強いので、従来の装具をカーボンで作り変えるだけでも十分な進歩になるんじゃないかと考えたんです。でも漠然とした発想だけでは前に進めません。それでカーボンの作り手が必要だと感じていたときに、通勤路で“UCHIDA”の看板を目にしたんです(笑)。それでいろいろ調べて直接持ち込んだんですよ。

杉原:あの看板は高速(道路)から見えますし、目立ちますよね(笑)。それはいつぐらいですか?

河島約3年半前ですね。まずは、カズ(高橋和廣:パラアイスホッケー日本代表)を連れて、スレッジホッケーのスティックの件で打ち合わせに行ったんです。その帰り際に、実はこういうアイデアがあります、とだけ伝えて。C-FREX開発の正式なキックオフは、それから数ヵ月後でした。

C-FREX開発の中心人物、河島則天氏。

補助金のない状態から開発を始める

杉原:最初にC-FREXのアイデアを聞いたときは、内田さんはどう思われましたか?

内田敏一(以下、内田):自分は、長年CFRP(炭素繊維)の設計から塗装までを、二輪、四輪、航空宇宙、アートの分野でやってきたんですが、もしかしてもっとも身近で人に役立つプロダクトは、これかもしれないと直感しました。でも、このプロジェクトは、カズなくしては進まなかったですね。それまで欧米の医療福祉なども勉強していたんですが、結局自分が必要とされたのは、(会社の)近くの所沢だったというのは興味深いです。まさに灯台下暗し(笑)。河島さんとの出会いも大きかったですね。

河島:ほんとに5kmぐらいしか離れていないですから(笑)

内田:そうなんです。カズがきっかけで出会えたんですよ。最初に補助金をどうするかという話になったときに、僕は本気でやっていきたいから、むしろ補助金はなしで進めたいと河島さんに伝えました。そこから装具の金属をカーボンに変えるところから始めて、ちょっとずつ進めたんです。

C-FREXの設計・製作を担う株式会社UCHIDA代表の内田敏一氏。

着けているのがむしろ格好良いとなってくれればいい

杉原:それはすごいですね。開発というのは、科研費だったり補助金だったり、そういうものを基にして進めるのが普通ですよね。

河島そのとおりですね。僕らは研究者ですし、ここは国立の機関ですから、ほとんどの研究プロジェクトは科学研究費などの資金を得て進めます。ただ、内田さんのように持ち出しでもやるというぐらいのモチベーションがないと進まないのも事実。C-FREXに関しては、持ち出しでの開発を申し出てくださり、ここまでの形に進めることができましたが、今は徐々に完成に結び付けていく時期なので、具体的に資金面の策を練っているところです。ここまで進んできたら資金(研究費)は得なきゃならない。その段階ですね。

杉原:正直、C-FREXが発表されたときに、きたー! 格好良いと思ったんですよ。リハビリの装具は、30年前ぐらいの技術をいまだに良しとしていることに自分も疑問を感じていましたし。プロダクトを見ればいろんな技術が結集していることもわかります。これからもっとアップデートしていくんですか?

内田:もちろんです。金属からカーボンという複合材料に変えることで軽くて強いものにしただけではなくて、身に付けたときにできるだけ違和感が緩和されるものにしようと考えています。着けてるのがむしろ格好良いとなってくれればいいですし、それが僕の夢でもありますね。

後編につづく

河島則天(かわしま・のりたか)
金沢大学大学院教育学研究科修士課程を修了後、2000年より国立リハを拠点として 研究活動を開始、芝浦工業大学先端工学研究機構助手を経て2005年に論文博士を取得。 計測自動制御学会学術奨励賞、バリアフリーシステム開発財団奨励賞のほか学会での 受賞は多数。2014年よりC-FREXの開発に着手。他、対向3指の画期的な電動義手Finch の開発をはじめリハビリテーション装置の開発を手掛けている。

内田敏一(うちだ・としかず)
株式会社UCHIDA代表取締役社長。同社は、1968年に埼玉県入間郡大井町に創業した内田工芸が前身。大型車両部品や二輪用部品、SUPER GT等のレース用部品の開発・製造などを経て、確固たる技術力と地位を確立。2006年に複合材製造マニュファクチャラーとしての営業を開始し、宇宙航空機分野にも進出する。特に炭素繊維強化プラスチック(CFRP:Carbon Fiber Reinforced Plastic)の研究・製造・加工にかけては、国内屈指の技術力を有する。2016年、C-FREXの設計および製造が評価され、国際的な複合材料業界の見本市JECにて、INNOVATION AWARDを受賞。

(text: 長谷川茂雄)

(photo: 河村香奈子)

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対談 CONVERSATION

安定の旨さはロボットがつくる時代へ?! 外食産業から始まる調理ロボットの可能性

二回目の緊急事態宣言によって、飲食店の営業が20時までと制限され、多くの店舗が苦境に立たされているのは周知の通り。営業補償や支援金について大きな論争となっているが、そもそも外食産業は慢性的な人手不足が問題視されており、そこには低い収益構造や劣悪な労働環境といった要因が温存されてきた。そう、コロナがあろうがなかろうが、そもそも外食産業は新陳代謝が激しく、継続するのが困難な産業であるのだ。そこに全自動の調理ロボットの開発と運用によって、こうした諸問題の解決と産業構造全体の変化の必要性を訴えるのがTechMagic(テックマジック)株式会社である。今回は同社の代表取締役社長・白木裕士氏をゲストに招き、編集長・杉原行里とのオンライン対談が行われた。

付加価値の低い作業をロボットが担うことで、
より付加価値の高い作業に人の手を割くべき

杉原:初めまして杉原と申します、よろしくお願いします。さて、最初にテックマジック社を設立した経緯について教えてください。

白木:そもそものきっかけは、祖母が栄養の偏った食生活をしていた現実を目の当たりにしたことです。高齢者だからこそ、栄養バランスが取れた美味しい食事を提供したい、そしてスマホのボタンを押したら、調理ロボットが栄養管理をしながら好きな料理を好きな時に作ってくれる世界を創り、人類を調理から解放したいという想いから、調理ロボットの開発を目指してテックマジックを創業しました。

杉原:御社のWEBサイトを拝見しましたが、テックマジックのロボットを導入しているのは大手外食チェーン店なのですね。

白木:はい、目指すべき姿は家庭用調理ロボットですが、現状では外食大手企業が我々の主な顧客となっています。外資系コンサルで勤めていた時に、外食産業の80%超が人手不足に悩まされ、たった5%という低い利益率であるという課題に気付きました。収益構造を調べてみると、人件費が30%、原材料費が40%、残った30%から家賃や光熱費を差し引いた5%未満が利益という企業が多いのです。そこで、外食向けには費用対効果を実感していただける調理ロボットを開発し、付加価値が比較的低い業務自動化ロボットとして厨房機器大手フジマック社と洗浄自動仕分けロボット、食品メーカーのキユーピー社とは盛付ロボットを開発しています。

杉原:この対談の前に調べて驚いたのは、日本全体で飲食業を含めたフードビジネスに関わる人が1000万人もいるということでした。人口の約1/12をも占める食産業の利益率が低いままだと、日本全体のGDPが豊かになることはありませんよね?

白木:そうですね。厚生労働省の予測では、日本の生産年齢人口は2040年までに20%減少する見通しがされており、当然その分のGDPも低下してしまいます。実は日本のGDP、雇用のシェアの約70%がサービス産業なんです。その中の食産業は、決して生産性が高くなく、改善余地はまだまだあり、仮に生産性を20%でも向上させることができれば、日本全体のGDPが改善する処方箋になると思うのです。社会課題である少子高齢化による労働力不足に対し、食産業の最適化は日本の将来のためにも取り組むべき重要な課題だと考えています。

杉原:日本の飲食店は開業からたった2年で50%以上が潰れるそうですね。10年以内の生存率が30%以下というデータも見ました。そうした中で、ロボットを導入することで、企業の持続可能年数が伸びるのでしょうか?

白木:正直なところ、まだデータで検証できていないのですが、調理ロボットを導入した店舗とそうでない店舗を比較して、利益率アップに貢献できていれば、生存率がグッと上がるはずです。これからさらなる検証を重ねて、数値化したいと思っています。

杉原:RDSでも自動化というソリューションを重要視しているので、テックマジックの取り組みに非常に共感しています。コロナウイルスの感染防止対策という点でも、調理の完全自動化は追い風になっているのではないでしょうか?

白木:コロナが食産業のDX加速の追い風になっているのは間違いないです。3~5年ほど未来が早くきていると感じています。特に社長や経営層がDXの意思決定をしている企業は動きが早いように感じています。私たちは、案件の依頼があっても挑戦すべき案件とお断りする案件を、消費者への付加価値の高さで棲み分けています。例えば、調理ロボットは、注文に応じた具材・ソースを定量的に供給し、決められた温度と時間で調理し、使用したフライパンを洗浄するという一連の作業を自動化していますが、この作業は比較的付加価値が低いと考えています。一方で接客をしたり、メニューの案内をしながら配膳する作業は、消費者にとっては付加価値が高い作業と考えており、従業員の方がやるべきだと思います。このように自動化領域をお客様と相談しながら、進めています。

杉原:確かに、以前僕が中国で体験した配膳ロボットは、ちょっと違和感がありました。やはり、付加価値の高い作業は人にゆだねる。ロボットで自動化した方がいいこととちゃんと切り分ける考え方は非常に共感できます。うまく分業することで得られる作業効率をいかにバリューに変えていくか、また料理の美味しさの分岐点はどの辺なのかもポイントですね、非常に面白い視点です。

チェーン店でのバイト経験で得た現場の問題と
コロナ禍における自動化ニーズの高まり

白木:調理ロボットに人生を賭けようと決意してコンサル会社を辞めてから、外食産業の現場を知りたくて、とある大手チェーン店でバイトをしたんです。

杉原:相手にとっては、超扱いづらいバイトが来ちゃった!という感じですよね(笑)。

白木:そうだったでしょうね(笑)。実際に働いてみて分かったのは、何から何までマニュアル化されていることでした。例えば、このメニューは、玉ねぎを30グラム計ってから、鍋に入れて、何分間加熱するということまで規定されているのです。でも、実際の現場ではおよそこれくらいだろうと一掴みして鍋に入れていたのです。これは調理の安定性にも欠けると思いましたし、衛生面でも疑問符が付きました。しかも、その作業をつまらなそうにやっている。こうした生産性が低くて付加価値の低い作業を、自動化できればいいなと。

杉原:おっしゃる通り、付加価値の低い単純作業は自動化されるべきだと思いますし、コロナ禍においてそのニーズは高まっていると感じています。ちなみに国内におけるコンペティターはあるのですか?

白木:今のところ国内で意識している企業はありません。ただ、中国や米国には、様々な調理ロボット企業が存在しているので、スピードとスケールを重視しないといけないと危機感はもっています。しかし、先ずは今一緒に取り組んでいるお客様の成長に繋がる実績を積むことが最優先だと思っています。

世界のどこにいても人気店の和食が食べられる
そんな未来がロボットによって可能になる

杉原:自分で調理をしている人なら実感できると思うのですが、いくらスケールメリットがあるとしても、美味しくて安全な食事にはそれなりのコストと手間がかかってしまう。その点では、タニタ食堂や大戸屋さんなどのレシピを、テックマジックのロボットが調理して、適正な値段で提供したら、たくさんのお客さんが集まるのではないでしょうか?

白木:確かにタニタ食堂さんや大戸屋さんで、我々のロボットを導入していただいて実績を作ることができればいいですね。美味しくて健康的な食事という、お客様に喜ばれるブランディングが不可欠になってくると考えます。

杉原:弊社ではウェルネス分野にも力を入れていて、人体スキャンによる身体データの可視化に力を入れています。歩行や座位のデータがあれば、リハビリや医療に転用できるし、今後ビッグデータ化できれば、より良い医療に貢献できると思うからです。弊社では医療行為はできませんが、まずはデータ解析によって、高齢者の転倒事故を防止することができると考えています。こうしたデータをもとにして、食を通じた健康、ウェルネスといった分野にもロボットが貢献できる可能性は大いにありますよね。

白木:栄養バランスに最も気を付けなければならない層といえば、生活習慣病のある方や高齢者になりますが、データ解析を利用して、こうした方に最適な食事を提供できることも今後視野に入れていきたいですね。一般的にロボットは日本の得意分野だと思われがちですが、突出して成功した日本企業がないというのも事実です。いかにリアリティを持って、ロボットが実社会で活躍できる場面を作ることができるのか? ようやく今、その取り組みが始まるところなのかなというのが実感です。

杉原:個人的には人間の脳や感覚を、絶対的なものとして捉えていないのです。例えば、どんなに美味しいコース料理をいただいたとしても、隣の客が騒がしくて不愉快だったら、決して美味しいとは思わないからです。では、人間にとって本当に美味しいということは、どういうことでどういう状態なのか? その定義は人によって変わってくるし、時代によっても変わってくると思うのです。ですから、AIロボットによって、美味しいを再定義することができたら、すごいイノベーションになるはずですよね。

白木:その人にとっての美味しさとはどういうものなのかということを、ある程度予測できるようになると面白いですね。こうして杉原さんとお話をしていると、調理ロボットの可能性がまだまだあるなと感じます。私は登山が好きで、何度か富士山にも登ったことがあるのですが、山頂で食べるカップラーメンって最高なんですよね。それが有名店の和食だったらと想像してみるんです。あくまで例え話ですが、調理ロボットを富士山の頂上に持っていって、人気店TOP50のメニューを再現することができたら、それは新しい価値を生み出したことになると思います。もちろん、ロボットを山頂まで持っていくのは至難の技ですけど(笑)。

杉原:富士山頂からの絶景を見ながら人気店の和食をいただくなんて、ものすごい体験価値ですよね。3Dプリンターがまさにその話と同じだと思うのです。データさえあれば、もはや場所はどこでもいいわけで、有名店の和食が海外でも再現できたら、大ヒットするでしょうね。そこでしか食べられないレシピを、ロボットによって再現してどこにいても食べられることができる世界がやってきたら本当にエキサイティングですよね。

白木裕士(しらき・ゆうじ)
高校から大学までカナダに単身留学。新卒で外資系経営コンサル会社・ボストンコンサルティンググループに入社。2018年2月にTechMagic株式会社を創業。ロボットを活用して生産性を高め、社会課題解決に向けたさまざまな開発に取り組んでいる。

 

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