仙台から車で30分ほど、日本海に面した小さな町・七ヶ浜。そこで、うみの駅やホテルを含めたシチノリゾートをプロデュースし、運営と経営にも携わる島田氏。自らの会社ワンテーブルを立ち上げ、被災経験から生まれた備蓄用ゼリーを開発し、今年5月に工場が本格始動するという。防災とスポーツという予想外の組み合わせが、いかに東京2020へ繋がるのだろうか。経営者でありプロデューサーでもある島田氏を迎え、多岐に渡る視点で語り合ってもらった。

七ヶ浜で生まれた新しい地域

杉原「島田君とはある共通の知人を介して知り合いました。同じ82年生まれということもあって、すぐに意気投合しました。話を聞けば聞くほど、島田君のパワフルさに圧倒されて、どんどん引き込まれていきました。まず印象的だった話は、3.11で大被害を受けた(宮城県)七ヶ浜の防潮堤の先に、shichino hotelを建設したことでした。観光客も住人も減り続けている被災地に、あえてホテルを建てたんです」

島田「七ヶ浜は日本三景のひとつとして有名な松島を臨む場所で、海苔の名産地でもあります。そもそも東北地方には、人口減少、地域産業の衰退が大きな問題としてありました。誤解を恐れずに言えば、遅かれ早かれ訪れる未来が、震災によって早く来たのだと考えるようにしました。高齢者や障がい者への医療と介護も含め、たくさんの課題を抱えた日本の縮図がそこにあるとも言えるのです。だからこそ、豊かな未来やワクワクする未来を描くことが大事だと考えました。あえて言葉にするなら、復旧ではなく、より良い地域を “創世” することだと考えています。そのひとつとして、松島という素晴らしい景観を残したい、伝えたいという想いから shichino hotel が生まれました」

杉原「shichino hotel は2階建てのホテルですが、基礎工事が地下30階建分もあるんですよね。これには驚きました。松島の景観を楽しむことができ、食事も本当に美味しい。さらに驚いたのは、高齢者や障がい者がそれぞれの特性に合わせて雇用され、従業員として活躍していること。また、名取市にある食の商業施設  ATALATA では、インターナショナルスクールも併設されているから、小さい子供がいるお母さんも安心して働けるのです。多様性のある新しい地域のあり方として、これは本当に理想的だなと感心しました」

島田「震災後に防潮堤の議論が盛んに行われましたが、自分を含めてみんな生きることに必死でした。そんな中で政府主導によって、次々と新しい建物が作られて防潮堤の建造が決まっていったのです。その是非を争うよりも、できあがった防潮堤から見える景観を活かして、ランニングをしたり、ヨガをしたり、みんなが楽しくなることを優先して考えました。だから、他の地域よりも観光地として早く立ち直ることができたのかも知れません」

杉原「実際に僕も防潮堤の上を歩いてみたのですが、本当に気持ちがいい。僕らが制度や法律を直接変えることができないし、変えるためには何十年もかかってしまうでしょう。そうであるなら、防潮堤の是非を巡って長い時間議論するよりも、みんなの共感が得られるような未来を提示した方がいい。結果的にそれが民意になっていくでしょうから」

3.11の体験から生まれた防災備蓄食

島田「僕自身が被災者で自宅はめちゃくちゃな状態だったのですが、震災直後は、炊き出しや救援物資の調達・提供のご支援をさせていただきました。また、同時に行方不明者の方々の捜索活動などの協力などをしておりました。それはまさに地獄絵図で、発狂寸前になりながら捜索活動に当たっていました。そうした体験を経て、何よりも大切なことは命だということに気がついたのです。それが自分たちの会社ワンテーブルの企業理念となり、開発に取り組んだのが LIFESTOCK という備蓄用食品です。5年間の常温保存が可能で、ご老人の誤嚥のリスクも低く、小さな子どもにも安心して食べてもらえる」

杉原「備蓄食品がいまだに乾パンしかないという現場を見て、これはおかしいと。乾パンは小さな子供やお年寄りは堅くて食べられないし、それ以外の備蓄食料も水がないと食べられないものばかり。戦前から変わってない、この防災食をまず変えなきゃいけない。でもこのゼリーなら、どんな人でも食べられるし、水分がなくても必要なカロリーや、栄養素を同時に摂ることができる。これはまさに震災から得た経験や学んだことを、カタチにできた成功例だと思うのです」

島田「被災地においては、病院はもちろん、食べ物はおろか水すらない。自分ひとりで生き延びるしかないという極限の状況で、LIFE JELLY は開発されました。こうした極限の状況から生まれた技術は、防災ということだけではなく、世界の紛争地域や貧困地域にも応用できる」

防災とスポーツという意外な接点

杉原「3.11を風化させないというのはもちろんですが、自分ゴトとして捉えてみたとき、今の自分に何ができるんだろうと考えていました。そこで、防災をスポーツと掛け合わせて何かを変えていこうという提案を島田君にしたのです」

島田「防災備蓄用に開発された LIFESTOCK の充填・包装・レシピコントールをかけ合わせた技術は、自分の筋肉を極限まで鍛えているアスリートが、タンパク質やアミノ酸をどうやって効率的に摂取するかということにも繋がっていきます。また、筋力を落とさないために、毎日数時間の運動をしなければならない宇宙空間も同じ極限なのです。JAXA とのパートナーシップにおける取り組みも極限をテーマに宇宙空間と災害地の空間は類似点が多いことから始まりました。このゼリーは単なる食べ物ではなく、技術の結晶でもあるのです。ゼリーの中身についてのレシピはもちろん、5年という保存期間を実現するための、包装・充填技術が必須でした。自分たちは、コンセプトやマーケティングを通じて、必要な技術などはわかっていましたが、それらをカタチにするそれぞれの分野のスペシャリストに集まってもらったのです。このゼリーを生み出すために必要な技術や人材を集め、場を作ることが自分の仕事なのです」

杉原「今までのやり方だと、それぞれの技術と人材をカテゴライズしがちで、あなたはあっち、あなたはこっちという風にやりがちです。自分たちの得意な技術には、自信があることを前提に、社内でできることだけに満足せず、社外のすごい技術や人材を受け入れながら新しいものを作っていくことが大切だと思います」

島田「日本の物作りって、点で深く進んできたようにも思うのです。個々の技術は非常に優れていても、それを活かして今までにない魅力ある商品を作ることは苦手。だから、この凸凹になった点の技術を繋ぎ合わせていくことが僕の役割でもあるのです」

杉原「一見何も関連性がないと思われている技術の掛け合わせこそ、人をワクワクさせるような、心を動かすような新しい商品やサービスがあると思うのです。僕の会社では車いすのデザインと技術開発をしていますが、周囲の人からはよく “車いすにそんな機能が必要なの?” と言われます。でも、超高齢化社会において、車いすやモビリティーが必要になる人は今以上に増えるはずだし、自分もお世話になるかも知れない。だから、選択肢が少ないのは嫌なんです。そこには、ユーザビリティとかっこいい思わせるエモーションが必要。いつも例えに出しているF1の技術が一般社会に落としこまれる縮図のように、僕は、パラリンピックのギア開発で培った技術が車いすや装具に落としこまれ繋がっていくのを期待しています」

後編へつづく

島田 昌幸(しまだ まさゆき)
ワンテーブル代表取締役CEO。大学在学中に教育ベンチャーを創業。2005年、経済産業省チャレンジコミュニティプロジェクトに参画、最年少プロデューサーとして、日本全国の地方創生に関わる。2007年から国土交通省認定の観光地域プロデューサーとして活動し、数々の地域プロデュースを手がける。2011年には日本CSR大賞準グランプリを受賞。企業イベント、商品・サービス開発、事業開発など数多くのプロデュースを手掛けている。2016年11月、ワンテーブルを設立。