対談 CONVERSATION

震災からの復興10年 東北バージョンアップはここからはじまる!

宮本さおり

東日本大震災から2021年で10年。悲しみを乗り越え、復興へと向かいつつある東北の10年はどのようなものだったのか。宮城県を中心に多角的に産業の復興を手がける株式会社ワンテーブル代表取締役 島田昌幸氏に、HERO X編集長・杉原行里が今の様子を伺った。

復興が意味するところ

杉原:2019年の5月に対談をさせてもらったときは防災備蓄ゼリーの話やホテルの話で盛り上がりました(前回:http://hero-x.jp/article/7021/)。対談から2年が経って、迎えた東日本大震災から10年という節目、ワンテーブル、および防災で、なにか変わったと思う?

島田:変わったのかな?と思うと、大局的に見れば、形にならなかった状況でもあるなと。みんな阪神淡路大震災の教訓を後世に伝えることが大事だって言ってきて、東日本大震災でもそっくりそのまま使われてきた。でも、大局的に見ると、変われていない部分も多い。

杉原:すごく控えめな意見だけど、では、島田君は具体的に10年後の日本がどうなると思っていたのかな?

島田:いろいろと思うところはあるよね。僕の中では、失われた雇用を作ることで精一杯だった。

杉原:そんな中でも6次産業モデルファーム、「ロクファーム アタラタ(以下、アタラタ)」など、新しい取り組みも手がけてる。

島田:そうね、地場産業であった農業の復活に関わる部分で見ると、ただ単純に作物を作るということだけでなく、食の産業化まで広げるという動きはあった。レストランや、イベントなど、作ったものを使って提供するという取り組みだよね。

杉原:僕もここで蕎麦を食べたことがありますが、めちゃくちゃ美味しかった。

宮城県名取市にある「ロクファーム アタラタ」は、島田氏が代表を務めるワンテーブルがプロデュースと運営を担っている6次産業モデルファーム。そばレストラン、カフェレストラン、スイーツショップ、インターナショナルスクール、が入っている。

島田:食の商業施設を作ることで、農業からサービスへと産業の幅を広げることはできたかなと。杉原君が訪れてくれた蕎麦屋は雇用についても考えたんです。従業員の半分は障害者の方にすると決めています。震災の時、避難所の中で冷たい扱いを受けていたのが高齢者と子ども、障がい者の方でした。日本は弱い人に優しいイメージがありますが、それでも、長引く避難所生活の中では、極めて優しくなかったと言わざるを得ない状況があった。僕は、障害者の方々が問題を抱えることと、被災地が問題を抱えることは似ていると思うんです。「障がい者の人達と向き合おう」と言った瞬間に、向き合っていなくなる。被災地も同じで、「被災地と向き合おう」と言った瞬間に、分けられていくんですよね。

杉原:それは、具体的にはどういうことなの?

島田:つまり、「障がい者」と口にした瞬間に「障がい者」として線引きして、分けて考えてしまうようになる。被災地も同じで、「被災地」と言った瞬間に、「被災地」というくくりを作って、分けて考えがちになる。

杉原:それが、蕎麦屋の雇用の考え方に通じるということ?

島田:そうですね。「アタラタ」に作った蕎麦屋でいうと、障がいを持つ人も働いているけれど、それを看板としてコミュニケーションツールには使わない。まず、利益を上げて、蕎麦屋が儲かることで、彼らが結果的に評価されていくという仕組みになることが重要だなと思っているんだよね。

杉原:確かにね。「旨い」という事実だけがそこにはあって、その「作り手」に障がいがある、ないは、旨いかどうかにはあまり関係がない。「障がいがある人が作る蕎麦」として評価されるよりも、「旨い蕎麦」として評価される方が、圧倒的にいい。

島田:そうそう。

東北のバージョンアップ
進んだところ 進まなかったところ

杉原:この10年で「アタラタ」もそうですが、ホテルも立ち上げているよね。島田君は観光産業を生み出すこともしてきたんじゃない?と僕は思うけど。

前回の対談で話した備蓄ゼリーの開発は順調に進み、今年は子どもたちからパッケージデザインを公募。備蓄ゼリーの認知度を高めている。

島田:もともとこの地域は関東の生産拠点で、作った物を東京に送り出す、そういうサプライチェーンで回ってきた。物を作って楽しむとか、人を呼び込んで楽しむという文化ではなかったところがある。海岸が有名な松島は、確かに観光地ではあったけれども、地域全体で考えるリゾートみたいな概念はなかったかもしれないよね。1次産業から3次産業へ転換していくことに対しては一定の成果はあった部分もある。

杉原:島田君以外の企業とかは、サービスやプロダクトを開発するなど、何か変わってきたという感触はありますか?

島田:僕たちはどちらかと言うと、今まで別の畑でやってきたから、俯瞰して見ることができたというのはあったかなと。一方で、これまでもそこを生業としてやってきた人達からすると、イノベーションは起こしにくかったのではとも思う。

杉原:そこは、なんでだろうか。

島田:復興庁が出してきたお金は、あくまでも、震災前の状態に戻すためのお金だった。これがなかなか厄介で、被災当時に持っていたものと同じ機能の施設・資材を買うという趣旨でした。でも、普通に考えてほしいのですが、これって10年前に設備投資したものを、新しく買い換えたいとなった時、すでに新しいバージョンの物が出ているかもしれないのに、当時のままの機械をくださいってことなんです。“復興はしてください、ただし、当時のままの状態で”って、制度的に矛盾していると思いません?

杉原:それはそうだね。

島田:ここに苦しめられた所は結構あったと思います。機能を強化するとか、そういったものを国が認めなかったんです。だから、現地の人のせいとかじゃなくて、成長することやイノベーションが極めて起きなかったということにつながったんじゃないかなと。

RDSとの挑戦

杉原:こうやって難しい部分はいろいろとあるけれど、HERO Xでの対談をきっかけに、我々の中では急速にブラッシュアップが進んで、RDSと島田君の会社ワンテーブルとで、災害の時にも役立つギアの開発がはじまっていることは読者の皆さんに伝えたいところ。

島田:そうそう、頑張ってます。

杉原:僕たちが考えているのは子ども用カート。震災の時、保育園や幼稚園にいた子どもたちは現場の先生達が高台に逃がしていったんだけど、これが結構大変だった。先生一人が抱っこやおんぶで連れ出せる人数は限られているし、担げばそれだけ逃げ足も遅くなる。保育園とかの場合、園には必ず乳母車のでっかい版みたいなものがあって、園外の公園に行く時などに子どもを乗せています。幼児が5人くらい乗れるものなんですけど、これって今まで、あまり進化がなかった。

島田:車体が重いし、子どもを乗せた状態だと、早く走らせることも難しいんですよね。

杉原:でも、これがもし、軽くて数人の子どもを一気に運べる子どものためのモビリティになったら、いざって時に子どもを救うものになるのではないかと、そういう発想で開発を進めている。

島田:でも、ここでも制度的なネックが出てきている。有事の時に使うものは、有事の時だけに使う物でないといけないという、ちょっとよく分からない部分があって、なおかつ、自治体によっても、導入可能な自治体と、導入ができない自治体もあって。今僕もいろいろと動いている所で。防災グッズもそうだけど、有事の時にいきなり使うのはなかなか困難。むしろ、普段から使って、使い方も慣れ親しんだ物が、震災の時にも役立つというような、そういう流れの方が圧倒的にいいと思っていて、それをどう理解してもらうかが、今後、東北がバージョンアップした復興できるかどうかの一つのカギになると思っています。

杉原:今年も忙しくなりそうだね。頑張ろう!

島田昌幸(しまだ・まさゆき)
株式会社ワンテーブル代表取締役CEO。大学在学中に教育ベンチャーを創業。2005年、経済産業省チャレンジコミュニティプロジェクトに参画、最年少プロデューサーとして、日本全国の地方創生に関わる。2007年から国土交通省認定の観光地域プロデューサーとして活動し、数々の地域プロデュースを手がける。2011年には日本CSR大賞準グランプリを受賞。企業イベント、商品・サービス開発、事業開発など数多くのプロデュースを手掛けている。2016年11月、ワンテーブルを設立。

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(text: 宮本さおり)

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対談 CONVERSATION

「ちがいを ちからに 変える街」とは?渋谷区長に突撃取材! 前編

岸 由利子 | Yuriko Kishi

ありとあらゆる世代や人種が集まる街、渋谷。そこは、多彩なコミュニティが生まれ、新たな文化が沸き起こる一大メトロポリス。障がいのある方をはじめとするマイノリティや福祉そのものに対する“意識のバリア”を解き放つべく、従来の枠に収まらないアイデアから生まれた「カッコイイ」、「カワイイ」プロダクトや「ヤバイ」テクノロジーを数多く紹介する『超福祉展』をはじめ、街がまるごとキャンパスとなり、教えると教わるを自由に行き来できる新しい“共育”システム『NPO法人シブヤ大学』や『渋谷民100人未来共創プロジェクト』など、多様性社会の実現に向けて、多彩な取り組みが次々と行われている。本当のダイバーシティ(多様性)とは?渋谷の未来はどうなる?渋谷区長を務める長谷部健氏にHERO X編集長・杉原行里(あんり)が話を伺った。

「YOU MAKE SHIBUYA」で作る、
未来の街『渋谷』

杉原行里(以下、杉原):早速ですが、お聞かせください。ダイバーシティの定義は、企業や行政によってもさまざまにあると思いますが、長谷部区長はどのようにお考えですか?

長谷部健氏(以下、長谷部):人種や性別、国籍、出身地、あるいは趣味や嗜好も含めて、互いの違いを認め合い、尊重し合うことが、ダイバーシティと言われていますが、そこで終わりではなく、その先でしっかりと調和していくことが大切だと思います。色んな音色が混じり合って、ひとつの作品になっていくという、音楽でいうところの“ハーモニー”ですね。違う音色を奏でる人もいれば、音色が上手く出せない人もいるでしょう。ハーモニーが乱れることがあるかもしれないけれど、それを寛容に受け止めていくのが、社会のあるべきダイバーシティの姿だと思うんです。

杉原:なるほど、多様性調和ということですね。オーケストラに例えるなら、やはり区長は指揮者になるでしょうか?

長谷部:いえいえ、私も演奏しているひとりです。もしくは、指揮者はいなくて、皆で演奏しているのかもしれません。

杉原:音楽の話でいうと、20年ぶりに策定した渋谷区の基本構想のキャンペーンソング「夢みる渋谷 YOU MAKE SHIBUYA」が配信されています。

長谷部:区長に就任した時(2015年)、最初に取り掛かった仕事が、基本構想の改定でした。基本構想は、地方自治体にとって政策の最上位概念にくるものなんですね。全ての計画がそこに紐づき、その傘の基に運営する重要な核となるものです。改定する前の「創意あふれる生活文化都市 渋谷―自然と文化とやすらぎのまち」という基本構想も非常に良かったのですが、20年前に比べると、やはり時代背景は大きく変わっています。

これからの鍵は、先に述べたダイバーシティと、それをエネルギーに変えていくインクルージョンであると考えています。これらを強く意識して打ち立てた将来のビジョンが、「ちがいを ちからに 変える街。渋谷区」です。このスローガンに基づく新しい基本構想は、審議会答申を経て、2016年10月に議決いただきました。そして、“ちがいを ちからに 変える街”を実現するために必要なのは、「YOU MAKE SHIBUYA」だということを訴求しています。「YOU MAKE SHIBUYA」と繰り返し言うと、「ユメイクシブヤ(夢行く渋谷)」と聞こえてきませんか?

杉原:本当だ!聞こえますね。

長谷部:夢をもっていこう、自分たちで渋谷の街を作っていこう。「YOU MAKE SHIBUYA」には、この二つの意味を込めました。渋谷には、区民の方をはじめ、働いている人や遊びに来る人、学生時代を過ごした“第二の故郷”として慕う人など、想いを寄せてくださる方がたくさんいます。そうした方たちも含めて、渋谷区の基本構想をもっと多くの人に広く知っていただきたいと思い、その価値観や未来像を、ポップなキャンペーンソングやアニメのPV、絵本テイストのハンドブックなどに反映しました。

杉原:誰にとっても分かりやすい共通言語のようなものを作りたかったのでしょうか?

長谷部:言語というよりは、共通のビジョンであり、共通のステートメントと言えるかもしれません。とりわけ基本構想を「歌」の形にした背景には、そう遠くない未来に、この街の主役になる子どもたちにこそ、ぜひ知っておいて欲しいという想いがありました。今年の夏、SHIBUYA109周辺エリアで初開催した「渋谷盆踊り大会」では、「夢みる渋谷 YOU MAKE SHIBUYA」のボーカルを担当された野宮真貴さんが“盆踊りバージョン”にアレンジしてくださり、大盛況のうちに幕を閉じました。来年は、あるアーティストの方にダンスバージョンを作っていただく予定です。渋谷区内にある学校の運動会で、催し物のひとつとして、子どもたちに踊ってもらえば、楽しみながら覚えてもらうことができるかなと。

杉原:楽しそう!これは名案ですね。

http://www.peopledesign.or.jp/fukushi/

「超福祉」は、心のバリアを溶かす
“意識のイノベーション”

杉原:今年で4回目の開催となる「超福祉展」。今回は、渋谷ヒカリエ「8/(ハチ)」を中心に、渋谷キャストやハチ公前広場、代官山T-SITEなどにサテライト会場が設けられ、街そのものが大きな舞台になっています。そもそも、この展覧会は、どういった意図で始められたのですか?

長谷部:障がい者をはじめとするマイノリティや福祉に対して存在する負い目にも似た“心のバリア”。平たく言うと、その人たちは、「手を差し伸べる対象」であると、これまで多くの人が感じていたのではないかと思います。渋谷区では、2015年4月1日より、「同性パートナーシップ条例」(正式名称「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」)を施行していますが、この課題に取り組んだ時に痛感したことがあります。それは、マイノリティの抱える問題を解決するためには、マジョリティの意識の変化こそが求められていること。LGBTがマイノリティだとしたら、それ以外のマジョリティの人たちが意識を変えていくことで、世界は少しずつ変わっていくと思うんです。

障がい者に対しても、同じことが言えると思います。既存の福祉の概念を超えていくことで、心のバリアが溶けて、人々の意識が変わっていけば、「一緒に混ざり合う対象」であることに気づいていけるはず。超福祉展は、そんな意識のイノベーションを目指して、開催を続けています。

後編へつづく

長谷部 健(KEN HASEBE)
渋谷区長。1972年渋谷区生まれ。株式会社博報堂に入社後、さまざまな企業広告を担当する。2003年に同社を退職後、NPO法人green bird(グリーンバード)を設立。原宿・表参道を皮切りに、清掃活動やゴミのポイ捨てに関する対策プロモーションを展開。活動は全国60ヶ所以上に拡がり、注目を集める。同年、渋谷区議に初当選。以降、3期連続でトップ当選を果たす(在任期間:2003~2015年)。2015年、渋谷区長選挙に無所属で立候補し当選。2015年4月より現職を務める。

超福祉展
http://www.peopledesign.or.jp/fukushi/

(text: 岸 由利子 | Yuriko Kishi)

(photo: 河村香奈子)

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